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津地方裁判所 昭和28年(ワ)75号 判決

原告 東山金之助

被告 本田茂子 外三名

一、主  文

原告の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は「別紙目録<省略>記載の土地が被告等の所有に属しないことを確認する。被告等は同目録記載の土地につき昭和二十七年五月二十一日津地方法務局阿保出張所受附第四八八号を以つてした、同年一月五日附贈与証書による所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は被告等の連帯負担とする。」との判決を求め、その請求原因として原告は訴外本多真澄に対し、昭和二十五年六月四日より同二十六年九月十日迄の間に前後八回に亘り合計金十八万八千円を貸与したが昭和二十七年五月十七日右元金に利息を加え、金二十一万四千八百四十二円とし、利息は月八厘弁済期を同年六月三十日と定め更めて消費貸借契約を締結した。しかして訴外真澄は同本多熊太郎の長女亡初代の長男であるから、右熊太郎の遺産につきその代襲相続人たる地位を有するものであるところ、右熊太郎は昭和二十七年二月二十五日突然俗に謂う中風症に罹り卒倒し、爾来身体不随となり、言語を発することができず、自己の財産を処分するが如き法律行為をなす意思能力もない状態に陥るや、被告等は右熊太郎が死亡するにおいてはその遺産が前叙真澄により相続されるに至り、延いては右真澄の債権者である原告の手に移ることを虞れ、右熊太郎所有の別紙目録<省略>記載の不動産を同人不知の間に、その名義を以つて昭和二十七年一月五日附で被告等に贈与する旨の贈与証書を作成し、同年五月二十一日津地方法務局阿保出張所受附第四八八号を以つて、同不動産を被告等名義に贈与による所有権移転登記をした。しかしながら右贈与契約及び所有権移転登記はいずれも前叙の如く訴外熊太郎の意思に基かない無効のものであるから、被告等は前示不動産の所有権を取得したということができず、右熊太郎に対しその所有権移転登記の抹消手続をなすべき義務あるものといわなければならない。しかして訴外真澄は相続権に基き、右不動産に対し現在法律上の保護を受くべき期待権を有しているに拘らず、これが保存の途を構じないから原告は右真澄の債権者として同人に対する前叙債権を保全するため同人に代位して右不動産が被告等の所有に属しないことの確認を求めると共に、その所有権移転登記の抹消手続を求めるため本訴請求に及んだ次第であると陳述し、被告等の答弁に対し債権者代位権の行使の対象となる債務者の権利は現に有する権利でなければならないことは勿論であり、相続開始前における相続人の地位は確定的な権利とはいえないが、しかし右地位も法律上相続権と呼称され(例えば民法第八百八十八条)法律の保護を受けている利益であるから、これを以つて相続人の現に有する一種の期待権であるといわなければならない。しかして被告等は被相続人訴外熊太郎の本件不動産に対する所有権を同訴外人の意思に基かずに不法に侵害したものであり、その直接の被害者はもとより右熊太郎であるが相続人たる訴外真澄も亦相続の開始を待つまでもなく、その相続権(右不動産に対する期待権)を侵害されたこととなるのであるから右熊太郎において被告等の右行為を積極的に認容すれば格別(本件の場合むしろ右熊太郎が自己の所有権を保全しようとする意思と訴外真澄が、その相続権を保全しようとする意思が一致することになる。)そうでない限り訴外真澄の相続権は法律上保護され右侵害は排除さるべきである。若しこれが排除の途がないとすれば時効の完成という事態も発生し、明かに不当な結果を招くであろう。従つて同訴外人は右相続権保存のため被告等に対し、本件不動産の権利関係の確認並にその侵害の排除を求める権利を有するものといわなければならない。しかして原告は右真澄の債権者として同人に代位して右権利を行使せんとするものであつて、これと見解を異にする被告等の主張は失当であると反駁した。

<立証省略>

被告等訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張事実のうち、訴外本多真澄は同本多熊太郎の長女亡初代の長男であつて右熊太郎の遺産につきその代襲相続人たる地位を有すること、右熊太郎は昭和二十七年二月二十五日中風症により突然卒倒し、爾来明確な言語を発することができない状態であること、被告等は原告主張の日右熊太郎より被告等に対する別紙目録記載の不動産の贈与証書により同不動産につき、原告主張の如き所有権移転登記を受けたことはいずれもこれを認めるが、その他の事実は全部これを争う。被告等は訴外熊太郎が中風症に罹り卒倒した以前である昭和二十七年一月五日同訴外人より有効に本件不動産の贈与を受けたのみならず、同訴外人は病気により臥床していたのは卒倒後約十日間位にすぎず、前叙所有権移転登記の際は勿論その後においても明確な言語こそ発することができないが、他人の言語を聴くことができ、動作筆談によつて自己の意思を発表することも可能であり、充分の判断力を有し何等意思能力に欠くるところがなかつたのであるから、右贈与契約による所有権移転登記手続にはこれを無効とすべき何等のかしがない。しかのみならず訴外本多熊太郎の相続人たる地位を有する者は訴外真澄一人でなく同訴外人のほかに右熊太郎の妻あい、同養女信子、同長女亡初代の長女である被告茂子、同初代の二女森永伊都子の四名があり、相続が開始するにおいては右あい及び信子はそれぞれ三分の一の相続分を有し、被告茂子、訴外真澄及び同伊都子は各々実母初代の受くべき相続分三分の一の更に三分の一即ち九分の一宛の相続分を取得すべきであつて右真澄のみが本件不動産の全部を取得するとは限らず、しかも以上の五名は現在においては右熊太郎の財産については何等確定的な権利を有するものではなく、唯右熊太郎が死亡すればその当時同人が有していた財産につき右割合を以つてその権利を取得することができるという、期待ないし可能性を有するに過ぎないのである。しかして債権者代位権の対象となるべき権利は債務者が現実に有する権利そのものに限られることは民法第四百二十三条の規定するところであり、相続開始前における相続人の単なる希望ないし、可能性の如きは同条にいう権利と解することは到底許されないから、仮令原告が訴外真澄に対し、その主張の如き債権を有するとするも、本件不動産についてはその代位権を行使するに由なきものといわなければならない。よつて原告の本訴請求はいずれもその主張自体において失当であるから棄却されるべきであると陳述した。

<立証省略>

三、理  由

訴外本多真澄は同本多熊太郎の長女亡初代の長男であつて、右熊太郎の遺産につき代襲相続人たる地位を有すること、被告等は昭和二十七年五月二十一日右熊太郎所有の別紙目録記載の不動産につき、同年一月五日附の同訴外人との間の贈与契約書により、その所有権移転登記を受けたことはいずれも当事者間に争いがなく成立に争いがない。甲第二号証及び証人萱室元平の証言により成立を認める同第一号証の一乃至八の記載に同証人の証言を綜合すると、原告は昭和二十五年六月四日より同二十六年九月十日迄の間前後八回に亘り、右訴外真澄に対し合計金十八万八千円を貸与したが、昭和二十七年五月十七日これに利息を加えて金二十一万四千八百四十二円の貸金債権に改め利息は月八厘、弁済期を同年六月三十日と定めたことが認められる。ところで債権者代位権の行使は債務者に属する権利が対象となるべきであるから、前叙贈与証書による本件不動産の所有権移転登記は訴外熊太郎の意思に基かずして、被告等により不法になされた無効なものであるかどうかは暫らく措き、まず訴外真澄が右熊太郎の相続人として相続開始前に右熊太郎の有する権利、殊に本件不動産につき、如何なる権利を有するかの点について考えてみるに、民法は相続開始前における相続人の地位をも相続権と称し(第八百八十八条)通常これを期待権と解しているが、しかし相続開始後の相続権は相続人の相続財産に対する支配的な地位であり、確固たる既得権であるに反し相続開始前のそれは将来相続が開始するにおいては、相続財産を支配することができるという希望的な地位であつて、しかもそれは相続人が被相続人の死亡のとき生存すると共に欠格乃至廃除によりその資格を喪失しないことによつてはじめて可能であるという不確定なものであり、又期待権といつてもそれは民法上期待権とされ、条件附権利にみられるが如き保障も何ら有せず、従つて被相続人がその財産を自由に処分してもこれを利益の侵害であると主張することは勿論、この地位にある相続人自ら被相続人の財産を処分の目的とすることはできないのであるから、これを以つて法律的な意味を有する権利ということができない。尤も遺留分を有する相続人は一定の事由がない限り、その地位をみだりに剥奪されないという僅かながらの地位は保障されているが、しかしこれとて推定相続人の地位は侵害されないという原則には何のかかわりもないのであり、その限りにおいては或は権利ということができるかも知れないが、これから直ちに相続財産に対する地位が権利であるという結論を出すことは許されない。要するに相続開始前の相続権は叙上の意味において一定の保障を受けた地位であるということができるが、相続財産に対する相続人の地位は法律上の期待権ではないのである。そうすると訴外真澄は同熊太郎の現に有する権利、殊に本件不動産については何らの権利も有しないものといわなければならないから、仮令本件不動産に対し被告等において原告主張の如き所為があつたとしてもそれにより権利の侵害を受けるものは、ただ被相続人である訴外熊太郎のみであつて、訴外真澄にはその排除を求めることは勿論、その所有関係の確認を求める法律上の利益があるということはできない。原告は相続開始前においても相続財産に対する第三者の侵害があれば、相続人はこれが侵害を排除しその地位を保全し得べく、若しこの途がないとすれば第三者の取得時効の完成という不都合な事態の生ずることもあると主張するが前叙の如く推定相続人は被相続人の有する財産については法律上の権利を有するものではないから、相続人に対する侵害は考えられないのみならず、被相続人はその財産を任意に処分し得るのであるから、その保全は被相続人においてなすべきであつて、これをなさないため第三者において取得時効の完成をみるに至つても、それは時効の制度からみて当然であるから、敢て相続人に右権利を認める何らの理由もない。却つて相続人をして相続開始前に被相続人の権利に干渉を許すことは法律行為の自治ないし所有権の自由の原則にも反する結果となるであろう。従つて原告の右見解は到底採用することができない。

果して然らば訴外真澄が本件不動産につき直接保全ないし管理権を有することを前提とする原告の本訴請求はいずれも爾余の点の判断を俟つまでもなく失当であるから、これを棄却すべく訴訟費用につき、民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 西川力一 中瀬古信由 家村繁治)

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